一般財団法人 連帯 東北・西南 RENTAI TOHOKU-SEINAN

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連帯 東北・西南

参考情報

御挨拶

大船渡の病院にて

大船渡の病院にて

岩手県立高田病院にて

岩手県立高田病院にて

陸前高田での鎮魂の読経

陸前高田での鎮魂の読経

湊小学校での炊き出しにて

湊小学校での炊き出しにて

活動拠点(千厩町)

活動拠点(千厩町)

活動拠点(川崎町)

活動拠点(川崎町)

このたび東北の被災地を支援すべく一般財団法人「連帯東北」を設立し、多くの皆様からのご支援を得たいとホームページを立ち上げましたので一言御挨拶を申し上げます。

私は株式会社東機貿(旧東京機械貿易株式会社、http://www.tokibo.co.jp) とその関連企業を31歳の時から30年以上にわたり社長として経営して参りました。
主たる業務は高度な医療機器の欧米からの輸入、並びに自社製造であり、米国カリフォルニア州オレンジ郡では人工呼吸器を、フランス・ブザンソン市では脳外科で水頭症治療に使用される埋め込み式シャントバルブのメーカーをそれぞれ所有しております。現在従業員は内外合わせて約600名の規模です。

仕事柄、人々の健康を通した幸福には常々関心を深く持っております。

東日本大震災が起きた日本時間の3月11日当日、私はカリフォルニアのニューポートビーチ市で弊米国企業の30周年の祝賀会の前日で現地におりましたが、大地震で電話回線は不通、詳しい情報がなかなか入らず、その後テレビですさまじい地震と津波の映像を見て唖然としました。

その後日本に帰国し、この目で実態を見たいと社員や友人を連れて3月31日から行動を開始しました。初めは当社の大事なお客様でもある大船渡の病院を翌4月1日に慰問し、そこから南下して陸前高田では被災した県立高田病院の屋上で同行していた8人ほどの仲間全員とともに弊社社員の捧げる鎮魂の法華経の読経に立ち会い、そのあと、石巻まで車でつぶさに見て回りました。最後の石巻では湊小学校の避難所で既に炊き出しで活躍されていたHumanity First(http://www.humanityfirst.org)の友人たちに一日仲間に入れていただきその炊き出しに参加させていただきました。500人を超える長い列を作って並んでいる方々にカレー他様々な食糧をお配りしたのですが、それをしながら思ったことは、被災されて家族や家財をなくされたこの方々にもう一度しっかりした自尊心と自立の精神を持って立ち上がっていただく事こそが私が一番貢献できるボランティアワークではないかということでした。

再び被災地を全て見たいと考え、今度は、4月11日は東松島、南三陸、気仙沼をまわり、再度石巻の湊小学校で夕食の炊き出しに参加いたしました。翌12日は釜石の高校訪問を皮切りに大槌から久慈までやはり車で走行して、時々車を降りて被災地を見、田老町では遺体安置所にも立ち寄って皆でご冥福をお祈りさせていただきました。翌13日昼も再び石巻の湊小学校で炊き出しに参加いたしました。

三度目の5月6日からの訪問では、石巻の渡波小学校で東京から同行してくれたたこ焼きのプロである友人と、大勢の避難者の方々に、たこ焼きの炊き出しをさせていただきました。あまりに多くの人数であったことと、料理に時間がかかったため一人一人にはほんのおつまみ程度しか差し上げられませんでしたが、ほっとされたことと思います。

先に書きましたように、被災地における中長期的な復興には、被災者への自立支援が一番大事と考え、どこかに活動の拠点を設けたいと、主としてインターネットの情報を頼りに試行錯誤しておりましたところ、岩手県一関市川崎でクリニックを開業されている先生や、仙台で中学校の先生をされておられるご一家とのご縁を得、川崎に事務所、千厩に集会所と2か所に我々の活動の拠点を置くことにいたしました。6月半ばから2名が駐在して活動しております。

私は故井上ひさしさんを直接は存じませんでしたが、ご著書を通じて敬愛しておりましたので、彼の書かれた「吉里吉里人」こそが、東北人の自立を促す一番のメッセージではないかと思っており、実は、東北支援の拠点を置くにはその本に出てくる「吉里吉里国」と思しき場に置きたいとひそかに考えていましたので、この一関地区に我が「連帯東北」の拠点を置くことになったことに、不思議な偶然を思った次第です。更にはこの川崎や千厩から石巻へは車で1時間20分、気仙沼へは30分、大船渡へも1時間少々、と三陸地方への支援には非常に良い拠点です。また新幹線一ノ関駅からも30分ほどです。

「連帯東北」では、すでにいくつかの行動を開始しておりますので、ご紹介いたします。

1)避難所での炊き出し
いつもHumanity Firstの団体と行動を共にしてきました。今後も現地の要望や必要に応じて彼らと共に行動したいと思っています。

2)漁業関係者への支援
被災者、特に漁業関係者で牡蠣や海苔の養殖業の方々と知り合いになる機会を得ました。彼らは津波で大きな被害にあわれていますので、その立ち直り支援のための各種アドバイスや人的支援を塩釜沖の浦戸諸島桂島を中心にずっと続けています。

漁業関係は、すでに国や県の方針が明示され始めましたが、大きな変革の時を迎えています。漁業関係者の法人化や漁業への新規参入条件緩和、はたまたマリンスポーツの繁栄のための今までの漁協の利権のあり方の見直し等、考えられる変革は多々あります。漁業関係の皆様には時には受け入れがたい苦痛が強いられる改革となるかもしれませんが、国の補助金に期待せず、自助努力で経営資金を確保する時代が来たことを察知し、勇気をもって前向きにこの大変化を乗り越えていっていただきたいものです。そのための民間からの資金支援、ファンドの創設支援も非常に大事な行動と考えています。
これには多くの皆様のご支援が必要です。

今回、一口オーナー制度というアイディアで牡蠣や海苔の養殖を窮地から救おうと立ち上がった青年に出会い、その行動の初期から私はご縁で遭遇しましたが、彼は17,000口近い援助者を得、彼の所属する組合は1億7千万円近い資金を手にしたわけです(2011年6月10日時点)。彼の勇気ある行動に深甚なる敬意を表したいと思います。
こういう努力もせねばならない時代が来たのだということも漁業関係者に知っていただきたい。窮すれば通ず、天は自ら助くるものを助く、です。

3)意見交換会
連帯東北では、4月30日の会合を皮切りに、今まで3回ほど、被災者の方々や我が友人たち、そして識者の諸先生方をお招きしての会合、相談会を持ちました。
ここには漁業関係者のみではなく、イチゴ栽培やシイタケ栽培で被災された業者の方々も参加され、さまざまな意見交換の場となり、手探りではありますが、前向きにこの危機をいかに乗り切っていくかという趣旨で有意義な時間を共有できたと思います。このような会合は大事な活動として今後も続けて参りますが、様々な人たちが互いに知恵を絞り助け合うことこそが大事な自立支援のボランティア活動になると確信に至っています。このような場を通して被災者から他の被災者への支援ができるのです。

4)車輌手配
「連帯東北」では、全て中古車ですが、まずは1台の大型キャンピングカー、1台のトラック(1トン車)、5台の4WD SUV車を用意し、被災者にガソリン代などはご自分でご負担いただきますが、原則無償で貸し出す手配をいたしました。40万台近い車が破壊されましたので、車という足がなければ自立のきっかけすら掴めないという方々も多いのです。こういった善意の貸し出し車輌はまだまだ必要ですので、多くのご支援をいただきたいと思っています。

5)仮設住宅への支援
今後の計画では、仮設住宅関係の支援について外国から手をさしのべたいという話が来ていますので、それを受け入れたいという地区やご希望・ご相談に応じて、そのマッチングで支援を強化します。

6)雇用支援
雇用支援も「連帯東北」の非常に重要な仕事です。釜石の高校で卒業者の内定取り消しが数十名出たと聞き、実情調査と可能な支援を探りに学校を訪問しました。契約社員の形で5名から10名程度でも向こう一年間の現地あるいは他の都市での採用をと考えてその申し出をいたしましたが、意外なお話で学校側は正社員就職にしか興味がないとのことで、一人も応募いただけませんでした。残念ですが、その後も今日までお話はありません。

実はその後テレビで流されましたが、東京都中央区が、同じような内定取り消しが大量に出たとして5月に臨時職員を10名雇うという特別枠を設け、2週間にわたり熱心に勧誘されたそうですが、なんと結果は1名の応募者だけであったそうです。私の経験と同じような事態でしたので、興味を持ち中央区のこの仕事に携わったお方を訪ねお話を伺いました。

結局お互いに得た共通認識は、何としても地元で就職したい、地元を離れたくないという若者の実態でありました。今職に就けば毎月5万円相当の仕送りも故郷あるいは親元にできるはずと皆考えたのですが、今の若者気質は一体どういうことであろうかと驚き、茫然としています。言うまでもなく、被災地の現状は破壊されており、企業もほとんど壊滅状態ですから仕事は皆無に等しいのです。今は別の言葉でいえば'経済津波'が押し寄せているわけですから、一人でも多くの人が、特に若者は職につき危機から脱出して家計あるいは被災地を支えてもらいたいものです。

7)被災地でのイベント企画
被災地での活気づけに様々なイベントを企画する熱心な方が各地におられます。我々はそういう動きに積極的に協力をさせていただく所存です。現在は気仙沼での夏のイベントに一つの支援を行うことを計画中です。

8)東北地方の飲食業の支援
一関のそばには有名な肉牛、前沢牛の産地があります。この牛と祖先をおなじくするという門崎丑(かんざきうし)を育てている牧場主のご兄弟とも知り合いました。直営レストランも経営されているのですが、被災地の近くですから当然業績に影響がでています。私は東京のあるホテルで2011年7月に120~150名が集まる会を主催しますので、この夕食会にこの岩手の牛を使っていただくことを料理長さんにお願いし、異例な処置と思いますが、味見をしていただき、東北への支援として採用を認めていただきました。ホテル側の温かいご支援に深く御礼申し上げます。これを機会に彼らの仕事が日本各地でもっともっと増えることを期待していますので、こういう活動にもぜひボランティア精神でご支援ください。

9)3月11日を忘れないために
私は30年以上前から心の事業部と称して写真のギャラリーを東京で経営しています。(http://www.pgi.ac)
その関係で日本はもとより世界中の著名な写真家とご縁がありますので、いずれ皆で相談のうえ、写真展やその他文化的なイベントを企画したいと検討中です。

以上が「連帯東北」の主な活動ですが、最後に一言述べさせていただきたいと思います。 多くの皆様が、お金を送るだけでなく、自分も何かをしたという実感の湧く具体的な支援をしたいと思っておられるということをよく耳にします。

とにかく被災地に行って被災の実態を見、被災者のそばで一緒に話し、考え、意見をぶつけ合うこと、つまり、被災者のそばに寄り添うことこそが、そしてその自立を支援することこそが、今後長く続くであろう被災地の困難を思う時、一番大事なボランティア活動ではないでしょうか?

心のケアも良く話題にでますが、これは医療関係者だけの仕事ではないのです。

どこに行ったらよいか、何をすればよいか、どこから手をつけたらよいかわからないという方も多いと思います。そういう時はお気軽にご相談ください。

私がボランティア活動の基本精神としているのは宮澤賢治先生の「雨にも負けず。。。。。」の心意気です。東西南北、あちこち歩き回って考え、その場その場で喜んでいただける行動をするしか道はありません。
我々は単にインターネットの仮想空間で議論するだけでなく、日々に実際的なネットワーキングをすることにより、多くの被災者の方たちとのご縁を増やしております。結局「歩きながら考えよう」です。一緒に歩きながら、走りながら考えようではありませんか。できるだけ多くの心ある人々がそうして被災者を支援するしか、この日本が三度目の敗戦といわれる緊急事態から立ち直る手段はないと考えます。

「連帯東北」では上記のような中長期的な支援を目指していますので、多くの人的資源が必要です。専門家の皆様にもボランティア精神で積極的に仲間に入っていただきたいと思っていますので、どうぞ積極的にお問い合わせください。

最後になりますが、我々の支援活動は力も限られていますので、主として三陸地方を中心と考えておりますが、福島県のことも心痛しております。私はかつて忘れ去られていた被爆マリア像(長崎の浦上天主堂)を元の御堂に戻すというアクションを開始し、それを実現しましたが、その時以来原子力のみならず科学技術の平和利用について「Science for Living, Not for Killing」 というキャッチフレーズを掲げて来ました。
(http://www.madonnagasaki.org)

代表理事(左)と理事(右)

代表理事(左)と評議員(右)

今回の人災を思う時に強く感じるのは、科学者の良心はどこにいったのか?ということです。科学者のみならず我々も、時には命をかけても時の権力者と戦う良心を強く育て持ちたいものです。野口英世先生を生んだ福島が一日も早くこの悲劇から立ち直ることを祈念いたしますとともに、「連帯東北」がお役に立つ場面が来れば喜んでお手伝いをさせていただきたいと思います。事実、今は、制限区域内の病院施設が機能していませんので、その面で何か支援ができないかと考えております。

最後にお願いで恐縮ですが、我々の活動にご賛同いただける方々に、支援のための活動資金として「連帯東北」にご寄付をいただければ、大変ありがたく存じます。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

2011年7月
一般財団法人 連帯東北
代表理事 佐多保彦

団体の概要

私たちの行動指針は、「雨ニモマケズ」です。

「雨ニモマケズ」宮沢賢治

名称
一般財団法人 連帯 東北・西南  RENTAI TOHOKU-SEINAN

設立年月日
2011年5月12日

目的
世界各地で募金活動を行い、東日本大震災で被災された方々に対して雇用の促進を図り、被災地・被災者の自立支援を行うことで、今回の大震災からの復興及び発展に寄与したい。

事業内容

  • 多数の有志のボランティアにより、避難所の炊き出しや市街あるいは浜の清掃等を手伝い、漁業再開のための支援をしています。
  • 被災者と被災地内外の有識者その他国外からの参加者が一堂に会する場を複数設け、漁師と農家の生産者が事業を再開していくうえで必要な知的支援(ビジネスプラン制作支援等)を実施しています。
  • 今後は、ボランティア活動や会合の開催等を継続していくだけでなく、被災地の外から多くの人が被災者に触れ、同時に被災者からの情報発信の力が大きくなるように、多くの方々を結ぶ場を多角化させ、被災者の自立に協力させていただく予定です。

理事一覧

代表理事    佐多 保彦

理  事    村上 一朗

理  事    小野寺 慶志

評 議 員    SYED Tahir

評 議 員    武山 郁夫

評 議 員    米沢 祐一

評 議 員    菅原 正義

監  事    染谷 英雄

サポートについて

活動概要
被災されて家族や家財をなくされた方々に、もう一度自尊心と自立の勇気を持って立ち上がっていただくべく、被災地で被災者と意見交換を重ね、再建の支援方法を考案します。
また、"顔の見える支援"(支援者に支援の実感が湧く、具体的な支援)によって、沖縄から北海道まで日本各地の協力者、また海外の外国人とも連帯を強化しています。

活動拠点
岩手県一関市(主に川崎町及び千厩町) 駐在:2名
<各地からのアクセス> 気仙沼~約30分/平泉~30-40分/大船渡~約60分/石巻~約80分

主な活動(2011.7.1現在)
1)避難所での炊き出し
2)漁業者関係者の方々への各種アドバイスや人的支援
3)漁業・農業・林業の地元関係者との合同会議
4)車両手配 (ガソリン代・保険料等を除き原則無償で利用、台数制限あり)
5)医療関係への支援
6)仮設住宅関係の支援
7)雇用支援
8)被災地での様々なイベント企画
9)東北地方の飲食業等の支援

今後に向けて
「連帯東北」では、上記のような具体的かつ中長期的な支援を目指しています。
また、専門家の皆様にもボランティア精神で積極的に仲間に入っていただけましたら幸いです。

団体の名称変更について

弊財団は、2011年5月12日に設立(登記日5月23日)され、被災地や被災者の自立支援を主眼に活動してまいりました。被災地の現場で共に考え、親しい話し合いの中から様々な形での自立支援の具体的な方法を検討し、迅速に実行して行くことに我々のボランティア活動の中心を置いています。

岩手県一関市川崎町に活動の拠点を置き、スタッフ2名が常駐して活動しておりましたが、震災直後に比べてボランティアの必要性は確実に変化しています。当初は、緊急設置された避難所にて温かい物を提供したいという思いで"炊き出し"をしましたが、その後しばらくしてから、被災者の生活拠点が仮設住宅へと変わり、状況も大きく変化しました。

仮設住宅では、ばらばらな地域から集まった人々の入居を余儀なくされています。就学児童のいる家庭は学校の近くにある仮設住宅に優先的に入居していますが、そうではない多くの高齢者世帯の方々は、やむなく立地の悪い仮設住宅に住まざるを得ない状況となっています。入居者同士のコミュニケーションが不足しがちなことから、各仮設住宅の自治会長がコミュニケーションの活性化に苦労されていることも耳にし、少しでも仮設住宅の活性化のお手伝いが出来ればと活動をしてきました。

昨年の10月29日に一関市で開催した自立復興シンポジウムでは、陸前高田、大船渡、気仙沼、石巻における被災者の皆様を含め、宮城、岩手県内を中心にお集まり戴き意見交換が行われました。

また、2012年3月11日には名古屋市にて第二回自立復興シンポジウムを開催しましたが、震災復興活動の報告・問題点/課題提起があり、参加者一人一人がそれぞれ、明日から何をすべきか、何が自分に出来るかと思いをめぐらす意義深いシンポジウムとなったのではないでしょうか?

日本は今、政治・経済共に危機に瀕しており、東北での活動を通してより一層強く感じていることは、支援が必要なのは東北だけではなく、実はこの日本全体なのであるということです。そして、東北の自立は、大きな意味で日本を救い世界を救うことになるのではと考えるようになりました。私たちの活動もささやかではありますが、東北から全国、そして世界に目を向けた活動へとその範囲を広げて行きたいと思います。そして、「東北」の皆さんには一日も早く自立して戴き、「日本」のみならず「世界」をも支援する気概を持って立ちあがって戴きたいと思っています。

当財団も設立から1年となる2012年5月12日付けで、一般財団法人「連帯東北」から「連帯 東北・西南」と名称を変更することと致しました。宮沢賢治先生の「雨にも負けず」の精神で、東西南北何所にでも駆けつける熱き情熱と使命感を持って、引き続き努力を続けて参ります。

2012年5月
一般財団法人 連帯 東北・西南
代表理事 佐多保彦

励ましの言葉

第42代アメリカ合衆国副大統領 ウォルター・F. モンデール

2011年5月6日

東北大震災のもたらした被害が明らかになりつつありますが、ミネソタでも人々は日本の状況を憂慮と同情をもって注視しております。

ミネソタは長い間、さまざまな文化、経済、教育上のパートナーシップによって恩恵を受けてまいりました。貴殿の協力と惜しみない友情に感謝申し上げるとともに、災禍に直面しても日本の人々が持つ回復力と、すぐれた能力に深い敬意を表します。

ミネソタ州の人々を代表して、この試練のときにあたり、心からのお見舞い申し上げます。どうか日本の復興と再生事業の新しい局面において、どうか皆様がご活躍されますことを。

第42代アメリカ合衆国副大統領
ウォルター・F. モンデール

 

(手紙の拡大:letter from Mr.WM.pdf

 


ブルゴーニュワインの騎士団 総裁 Vincent Barbier 幹事長 Louis-Marc Chevignard

2011年5月23日

私たちにはその大きさが計り知れないほどの大震災により、何千何万もの日本の皆様が、多くの耐え難い状況に置かれてしまう現象に見舞われてから、2ヶ月以上がたちます。

日本の皆様は、この大災害がもたらした悪影響を大いなる威厳をもって乗り越えられました。私たちとしましては、ブルゴーニュワインの騎士団の名の下に、日本ならびに日本の皆様に対し全面的支援をお約束したいと存じます。

あなたご自身としましても、連帯東北を立ち上げることで、ご同胞の傷を癒しご援助なさるために乗り出すご決心をされたことを存じ上げております。この困難な時期にありましてブルゴーニュはあなたがたの味方ですし、私たちの思いは引き続きあなたがたと共にあります。

ブルゴーニュワインの騎士団  
総裁 Vincent Barbier    
幹事長 Louis-Marc Chevignard

 

 

 (手紙の拡大:letter from B&C.pdf


2011年5月26日

あなたがたの上に平安と神の恩寵がありますように。

日本とその国民が経験した未曾有の災害と悲劇の後、2011年4月5日に貴殿よりファックスを頂きました。御礼申し上げます。

日本と日本のみなさまへの私の思いを深く受け止めていただき、感謝しております。

日本におけるアフマディア・ムスリムコミュニティとヒューマニティ・ファーストが日本の人々のために行った活動について、貴殿より感謝の言葉を頂きましたが、私どもは、可能な手段で人道主義を実践することを何よりも目指しており、今後も、アッラーに授けられたあらゆる手段によって、継続していきたいと考えております。

日本の人々が今もなお必要としているもの、そして将来必要になるであろうサポートについて貴殿は述べておられますが、当然、我々は可能な限りの援助を続けていきます。この点について、我々の組織・団体とご連絡を取り続けていただきたいと思います。

アフマディアの人々がこれからも続けていく大切なことは、日本とその国民の再生への祈りです。私も日本の人々のために祈り続けます。アッラーがあなた方の困難を取り除いてくださいますように。日本が完全に復興を遂げ、今後もあらゆる災害や損失から守られますように。

お手紙をありがとうございました。平安をお祈りいたします。

全世界アフマディア・ムスリムコミュニティ代表
ミールザー・マスロール・アフマド